道頓堀でビル火災が発生し、消防隊員2名が殉職されました。
この事は大きくテレビ、ネットニュースで報道するべきと感じますが、報道の内容は解説者として消防関係者OBがコメントをしても、かなりいい加減な適さない事を話していることに、現場隊員の中には憤りを感じえないそうです。
隊員2名は勇敢と無謀をはき違えてしまったのでしょうか。それは大きく異なり、2名の隊員への冒涜に他ならないと感じています。
YouTubeでは現場関係者は大いに怒り、落胆していました。
消防は現場に到着すると直ぐに炎に放水して、消火するわけではないそうです。まずは生存者が居ないか探索するとの事。まずは先発隊が10分しか持たない酸素ボンベを背負って火災現場に入ります。そして、生存者の探索をします。10分に近づくと警報音が鳴るそうです。それでもなぜ2人は撤退しなかったのか。
これは私の想像ですが、近年雑居ビルの火災では、逃げ遅れた方が存在する事が多くそれに伴い犠牲者になることもあります。あと1歩進んだ所に助けを求める人が居るかもしれない。2歩先に居るかもしれない。3歩進んだ所に・・・。
そこには責任と何人も動かない状態になっても、前に進む揺るぎない使命感だったと思います。
10分と限られた時間。極端に言うと10分1秒でその1秒は自らの死を意味していて、しかもそれは炎の中、いかなるものにもかえがたい苦しさを伴う死と知りました。
これは現場に入った事がある人ではないと、分かり合えない事だそうです。
しかも報われる事はなく、薄給であることも併せて知りました。庁ゆえの予算の少なさがあると思います。でも他人のため炎に入り進んで行くのです。
一年間365日24時間。いつ発生するかわからない火災に待機して命をはっている隊員が居る一方、その隊員の帰りを一年間365日24時間家で待っている家族の存在も忘れてはいけないと感じるのです。
では。私たちは何ができるのでしょうか。火の元の注意。確認。そして火器の正しい使用に他なりません。
365日命をはっている人とそれを待っている人が居る事を思うと、火の用心はとても大切な事です。
最後になりますが、2名の殉職された隊員の方のご冥福をお祈りします。
