風が顔に当たると寒さより痛さを感じる12月。
僕は教室で次の授業の予習をしていた。
「珍しいわねドナルドが勉強しているなんて。風邪でも引いたんじゃない。」
そう言いながらネーヴェは自席に座った。
そんな憎まれ口を言われのはもう慣れているので無視していた。
ネーヴェも次の授業の教科書を読んでいる。
コンコン。コンコン。
?
コンコン。コンコン。
気づくとネーヴェが小さく咳をしている。
コンコン。コンコン。
「大丈夫。ネーヴェ?」
僕は気になって声をかけた。
「あなたの風邪がうつったのかしら。今日は調子がすぐれないから授業を休むことにするわ。」
そう言ってネーヴェは教室を出て行った。
そして今日で2週間、授業に出てくることはなかった。
相当、体調が悪いのかどうなのか。気になってしょうがなくてネーヴェの友達に聞いてみた。
「ネーヴェ。咳が止まらないようで休んでいるみたい。」
それだけの情報しか得られなかった。
僕は王宮医師の先生に友達から聞いた話で詳しい事がわからないか、先生の元に行ってみた。
先生は丁度時間が空いているようですぐに会う事ができた。
聞いた話を先生に伝えると。
「これはいかんな。エルフが咳をして風邪のような症状とは。これはいかんぞ。」
どれほどの深刻なのかはわからなかったけど。とりあえずは症状は良くないらしい。
この状況を改善すべく、先生に何かいい方法はないか聞いてみた。
先生は部屋の奥に行くと、本を手に取って戻ってきて僕の前で開いて見せた。
「ここに書いてあるように。氷の花を飲ませるのが良いとされている。その名の通り花は氷でできていて、常温で溶け始める。咲いているのはシヴァの森。氷の山にある。」
「氷の山か。。」
冬季は危険で誰も近寄る者がいない危険な山だった。
僕は行くしかない。直感的にそう思った。
「先生。シヴァの森の場所を教えてください。」
院長はしばらく考えていたが
「道のりはかなり危険じゃぞ。それでも行くのか。」
「はい!」
「よいぞ。よいぞ。」
院長の持っていた本の地図を書き写し病院を後にした。
それからはバタバタと登山用の装備を買い準備を整えていった。
そんな時、ドアをノックする音がした。
「はい。」
ドアを開けるとそこには侍従が立っていた。
「国王がお呼びです。」
「わかりました。すぐに行きます。」
僕は何かあったのかと思い、緊張の中ミッキー国王の私室のドアをノックした。
「入れ。」
中に入ると正面に国王が立っていて、少し離れたところにロッチア卿が立っていた。
緊張がピークになる。ロッチア卿はエルフ族の首長でかつネーヴェの父親だった。
国王の前に進み。
「お呼びでしょうか。」
声がかすれ気味になるのを何とか声を絞り出した。
国王は苦笑いをして。
「そう固くなるな。楽にしてよい」
「私が聞いた話によると、シヴァの森に行くと聞いたが本当か?」
「はい。明日の朝から出発します。」
「ならばこれを持っていきなさい。」
羅針盤の様な物を取り出した。
「これは真実の羅針盤といって迷った時に真実の行き先を示してくれるはずだ。持っていきなさい。」
僕は国王から『真実の羅針盤』を受け取った。
「ロッチア卿からもある。」
僕はロッチア卿の方を向くと、ロッチア卿が話しかけてきた。
「シヴァの森にたどり着いたとしても氷の花がある部屋には簡単に中には入れない。
もし、シヴァに会うことができたならこの手紙を渡すといい。」
そう言うとロッチア卿は手紙を前に出した。
僕は『ロッチア卿の手紙』を受け取った。
ロッチア卿は、
「危険な旅だ。嫌なら止めてもいいんだぞ」
「いえ。気持ちは決まっています。必ず氷の花を持ち帰ります。」
「気を付けて行ってきなさい」
国王から言葉をかけてもらい僕は部屋から出て行った。
僕は羅針盤と手紙をしまうと自室に戻っていった。
国王の私室
「ドナルドは最近頼れる人物になった。心配はいらないだろう。」
国王がロッチア卿に話した。
「今はドナルドに頼るしかないか。なぜあの者なのか。見させてもらいます。」
そう言うと、ロッチア卿は国王に一礼して部屋を出て行った。
次の日の朝
晴天で晴れ渡っていたが、気温は厳しく冷え込んでいた。
リュックと氷の花を入れる魔法の保冷箱を首から下げて出発する。
いつも一緒にいるネーヴェはいない。ここは進むしかない。そう自分に言い聞かせて歩き出した。
氷の山の登山口についた、看板が少し斜めになっていて風に揺れていた。
僕は一歩目を歩み出した。
途中までは特に問題もなく登ってきたが、ちらちらと雪が降り始めてきた。
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後もう少しだ。そう思っているのも束の間、雪、風共に強くなってきて視界を奪い始まて来た。
もうすでに目の前は真っ白で何も見えない。
気づくと周りは真っ白で自分がどこの方向を向いているのかもわからなくなった。
意味もなく進んでもダメだ。
僕は落ち着いて、国王から受け取った羅針盤を出した。
羅針盤の針はグルグル回っていて、方向を示そうとはしなかった。
ダメか。。僕は羅針盤を握りしめ心から祈った。
ネーヴェの為に前に進みたい。
羅針盤の針の回転がゆっくりとなりある方向を示した。
ありがとうネーヴェ。僕は心の中で言った。
猛吹雪の中何も頼るものが無く、それでも前に進んでいく。
あまりの寒さに足と手の感覚が鈍くなってきた。
急がなくては。。
目の前が行き止まりになった。正確に言うと壁に彫刻が施されたドアで氷と雪で至る所が見えなくていた。
僕は扉に手を触れようとした時、後ろから声がした。
「その扉はみだりに触ることは許されない。早急に立ち去りなさい。」
僕は後ろをする振り向くとそこには女性が立っていた。しかもその女性の周りは風も吹かず雪も降っていなかった。
僕は恐る恐る声をかけた。
「もしかして、あなたシヴァですか?」
「私はシヴァ。この門を守る者」
「僕はこの中にある氷の花を取りに来ました。門を開けてもらえませんか?」
シヴァは無反応で言葉を発しようとはしなかった。
僕は続けて。
「僕の大切な友達が病気なんだ。どうしても持って帰りたいだ。」
シヴァは変わらず無反応だった。僕はロッチア卿から手紙を預かっていることを思い出して震えている手でシヴァに手紙を渡した。
「ロッチア卿からのあなたへの手紙です。」
僕が差し出すとシヴァは読み始めた。その間の時間が僕にはとても長く感じた。
シヴァは読み終えると
「わかりました。扉を開けて中に入ることを許します。だだし自身で開けなさい」
僕は扉の前に立った。特に何もなく壁のような扉だった。
とりあえず片手で押してみた、びくともしない。今度は体を付けて思い切り押した。それでも動く気配はなかった。
僕は杖を出して炎の呪文を唱える。頭上で炎ができ時間に連れて炎が赤くなっていった。
僕は思いっきり杖を振り落とし、炎を壁にぶつけた。
轟音と共に炎が壁にぶつかる。熱風が僕の所まで来る前に炎が凍ってしまった。
これは魔法では無理かもしれない。僕は心の中で焦っていた。
どうすれば開くのか。時間だけが過ぎていくそして僕の体力も限界に近づいていた。このまま何も出来ないままここで凍え死ぬのか。
僕は扉に寄りかかりそのまま座り込んだ。
力が入らない。もう無理かな。
その時ネーヴェの笑顔が頭に浮かんだ。そして静かに消えていく。
ネーヴェとの話した事が頭の中で思い出しては消えていった。
僕は力尽きた。
「あなたのネーヴェに対する気持ちは所詮そんなものなんですね。」
シヴァは冷たい眼差しで僕を見つめている。
僕の中のこのままでは終われない。そう思う何かが込み上げてきた。
僕は立ち上がり扉の前に立って力一杯ドアを押した。まるで壁を押している感覚だ。動く気配さえない。それでも僕は力を緩めるところか力を込めていく。
突然変化は起きた。ほんの少し扉が動いた気がした。隙間が見える。よしこのまま押せば。僕は残りの力を全部出し切るまで扉を押した。ジリジリ扉が開いていく。そして最後は扉が勢い良く左右に分かれて開いた。
ゆっくり部屋の中に入っていく。何も音がしない。誰もいなかった。そして部屋の奥に青く光る物があった。氷に覆われた花が光っていた。
僕は用意している魔法の保冷箱を開けて、花の閉じ込めている氷を触った。みるみるうちに溶けていく。
僕は咄嗟に手を離した。
「常温で溶ける氷は手で触ってはいけません。」
シヴァはそう言うと、花の氷を魔法の保冷箱に入れてくれた。
「持って行きなさい。あなたの大切な人のために。」
シヴァそう言うと僕の眼の前から消えて行った。
急いで戻らなくては。僕は箱を抱えて来た道を戻った。体力は限界を超えている。
また目の前は真っ白くなり何も見えなくなった。僕は羅針盤を頼りに前に進んでいく。
もう羅針盤だけが頼りだ。
しばらく歩いていると、不思議な事が起きた。目の前に人影のような物が見え始めた。
そんなはずは。でも先に進むにつれその人影は実体化して行く。
僕は歩みを止めた。
ローブを着た老人が立っている。
そして僕に話しかけてくる。
「若いの、このまま歩いていては日が暮れて夜になるぞ。どうだ運試しをしないか。」
そう言うと老人の両脇に扉が出現した。
「このふたつの扉のうちひとつは山のふもとに移動できる。もうひとつは、この山を永遠に彷徨うことになる扉だ。このままでは間に合わないぞ。どうだ悪い話ではあるまい。右か左どちらか選ぶがいい。」
僕も間に合わないのではないかと、心のどこかでは思っていた。ここは賭けてみるか。そんな思いが僕の心を支配していく。
僕は真実の羅針盤を見て決めた。
「扉はどっちも使わない。自力で下山する。」
僕はそれがあるべき判断だと思った。それがネーヴェのためでもあると僕は信じていた。
老人は笑い始めた。
「若いの。愚かだ愚かすぎる。下山は間に合わない。今までの苦労は無駄になるのをわかって言っているのか。」
「他人にしてみれば、僕の行動判断は愚かに見えるかもしれない。でも僕はネーヴェを裏切ることはできない。」
そう言うと僕は老人とすれ違い先に歩き出した。
「正解だ。若いの。」
そう言うと持っていた杖で空をなぞる。そうすると光る線が描かれそして扉が現れた。
「このふたつの扉はどちらもふもとには繋がっていない。若いの。こっちが真実の扉だ。お前の気持ちを受けとめる者の元へ急げ。」
僕はもう一度真実の羅針盤を見た。実は羅針盤はさっきから全く機能していなかった。自分を信じるしかない。そう思って行動していた。
「急げ若いの。」
僕は誰とはわからない老人にお礼を言うと光の中をくぐった。
目の前が急に開けた。山の入り口にいる。僕は走った。急いで院長のもとへ行かなくては。氷が溶けて花が枯れてしまう。
僕は宮殿の中を駆け抜け院長のいるドアを開けた。
「よいぞ。よいぞ。戻ってきたか。」
そう言うと院長は僕から箱を受け取ると奥に行った。しばらくすると湯気の出たコップを持って戻ってきた。
「さあ。早くネーヴェに飲ませなさい。」
僕はまた宮殿を駆け抜けてネーヴェが眠っている部屋の前まできた。
ドアをノックした。中から白い洋服を着た看護しているエルフが出てきた。
事情を説明して中に入る。
ネーヴェは起き上がって僕を見た。透き通った肌が一層青白く見えた。
さっき渡したコップをエルフがネーヴェに渡して耳元で少し話しかけていた。
ネーヴェは少し驚いた様だが、すぐにコップを口元に運ぶと飲み始めた。
これで元気になる。僕はそう思っていた。
看護のエルフにコップを渡すとネーヴェは何かを呟いていた。
僕の所に看護のエルフが来ると。
「疲れたので、休みたいからひとりにしてほしいとのことです。」
僕は部屋を出て歩き出した。そしてある事に気がついた。
ネーヴェの部屋からすすり泣く声が聞こえてくる。
僕は思った。ネーヴェのプライドを傷つけてしまったかもしれない。
結局は僕のひとりよがりだから。
あれから1週間が少し過ぎた頃だろうか。僕が教室に行くといつも空いている席に座っている人物がいる。
ネーヴェだった。あの時から会っていない。でも遠目で見ても顔色がいいことがわかった。元気になったみたいだ。
僕も席に座った。隣同士なのになんだか遠い距離を感じる感覚があった。
「・・・・・」
「・・・・・」
二人とも何も話さない。時間が過ぎていく。そして。
「あの・・」
「あのね・・」
ふたりで同時に話しかけていた。
一瞬、笑みを浮かべたネーヴェだったが、すぐに真顔になって僕の方を向いて座り直した。
「今回はありがとう。まさかドナルドが行ってくれるなんて思ってもいなかった。でも心のどこかでドナルドが行ってくれるって信じてもいたわ。」
ネーヴェは恥ずかしそうに目を逸らして、
「私は決めたの。ドナルドの側にずっといるって。」
「??」
僕は突然の話に驚いていて意味が良く理解できないでいた。
「私は嬉しかったの。私のために危険な行動をしても助けてくれて事に。私はあの後泣いてしまったわ。嬉しさのあまり。」
「ずっと前から薄々自分の気持ちに気づいていたけど怖かった。でもその気持ちが大きくなったら、なぜか体調が崩れていったの。でもドナルドの花の薬で元気になれた。そして私の気持ちも決まったわ。」
「・・・・」
「・・・・」
「好きな人の側にいたいって。」
教室が一瞬静かになった。
そして、歓声があがる。
クラスメイトがふたりを囲んで揶揄してきた。
僕はこれではたまらないと。ネーヴェの手をとって廊下をふたりで走った。
誰もいなくなると。
「僕もネーヴェの事を失いたくないと思っていたんだ。だからどんな危険にも立ち向かえたんだ。」
「ありがとう。ドナルド。」
ネーヴェが照れくさそうに先を歩き始めた。
僕も後を歩いていく。
まずはあの大騒ぎしている教室にどうやって戻るのか。
ふたりは手を取り合って走り出した。
これからふたりはさまざまな困難に立ち向かっていく事になる。
少しずつ世界に暗雲が立ち込めて来ていることに、二人はまだ気づいてはいなかった。