フォントルロイ

僕は売れないダンサーをやってる。よくよくは俳優になるのが夢だ。
バーでダンサーのバイトをしながら夢を追い続けている。
オーディションに行ってもいつも散々なありさまだった。
ダンスの審査には自信がある。いつも審査する人間は、うなずきながら履歴書にペンを走らせている。
問題は歌の審査だ。いつも課題曲は練習して自分で言うのもなんだけれど、完璧にできていると思う。
いよいよ歌の審査だ。一生懸命歌った。でも声質が最悪だった。審査員は左右に首を振るとさっきまで動いていたペンを止めてしまう。
酷いときは履歴書を二つに折って隣に投げ捨てられる。
それが僕のオーディションの終わりを意味していた。

オーディションに落ちたときは、バーの床を拭きながら泣いていた。泪は床に落ちて丸いシミを作っていた。
それを隠すように床を拭く、そしてまたシミができる。
その繰り返しで気が済むまで泣いたら家に帰るのがいつものパターンだ。
帰りが遅いとガールフレンドが心配して迎えに来ることがあった。今日も店のドアが開いて、ガールフレンドが入ってきた。
とても質素な服を着ている。僕はいつも売れたら、綺麗な服を買ってあげると言っていた。
でも彼女は微笑んで、そんなことはどうでもいいの、あなたが夢を掴むのが私の望み。
そんなやりとりがいつもだった。

今日はいつもとなんか雰囲気が違う、というより、後ろにもう一人男が立っていた。
その男は、彼女に一言何かを言うと、ぼくの所まで歩いてきて言った。
君かい?声に特徴のあるダンサーて?
僕はなんだこいつという、雰囲気を隠そうとはしなかった。
あーそうだよ。いつも歌の審査で落ちる落ちこぼれは僕のことだよ。
僕は突っかかって言った。
相手は気にもせず、続けて言った。
俺はある人の元でダンサーと俳優をしているものだ。
単刀直入に言うけど、俺と一緒に夢を与える仕事をしないか。
僕はなんのことかわからなかった。
まあ。いきなり言ったら何のことかわからないよな。
そうするとその男はチラシを一枚取り出すと、ぼくの前に出した。
そこにはダンサー、アクター募集と書いてあった。
その紙を僕が受け取ると、
ここでショーをやってるから一度見に来てほしい。それから答えを出しても構わない。
そう言うと、その男は振り返ると店を出ていった。
チラシを眺めていると彼女が、チャンスかも知れない。行ってみたらと優しく声をかけてきた。
僕はどうせいつもの様に歌で落ちるから。
そういつかそう思いこんでいた。
もう一度彼女が行くだけでも行ってみたらと声をかけてきた。
僕は自暴自棄になっていたかも知れない。
チラシをクシャクシャにすると、胸ポケットに強引に突っ込んだ。

僕は気づくとチラシに書いていた劇場の前に立っていた。
中に入ると盛況で熱気がすごかった。
しばらくすると会場が暗くなりステージだけが明るくなると、音楽と共に大勢のダンサーが出てきた。
それからはあっという間だった。
僕は引き込まれていた。
気づいたときは、会場が割れんばかりの喝采の時だった。
誰もが笑顔があふれていた。
これだ、僕が目指したのはこれだよ。
僕は走り出していた。
楽屋に走っていた。
楽屋にはいるとこの間会った男が、汗を流しなからスタッフと話をしていた。
僕は大声でお願いしますと言っていた。
途端に周りの人達が僕の方を一斉に見た。
もう一度言った。僕をここで踊らさせてください。
そうするとこの間の男が僕の前に立つと、
この間会ったときと別人と思うほど目の輝きが違うね。
俺は思うんだ。夢を追ってるやつじゃないと、人に夢は与えられないんだよ。
というと片手を出してきた。
僕はその手を力強く握りかえした。
楽屋は歓迎の拍手であふれかえっていた。

僕は少し眠っていたようだ。
少し疲れているんじゃない。心配そうに彼女が話しかけてきた。
僕はレモネードを飲むと、大丈夫。少し夢を見ていただけだから。そうデイジーに言った。
それにしても今日の彼女は綺麗だった。
地味な服ではなく、ドレスアップしていてとても綺麗だった。
トントン。ドアがノックされてスタッフが僕を呼びにきた。
僕は立ち上がると彼女の方を見て微笑んだ。
彼女も!あとでまたと言うと微笑み返してきた。
スタッフの後についていき、舞台の袖口まできた。
もう何回舞台を一緒にしてきたかわからないぐらいの、僕を誘ってくれたあの男が隣にいる。
いよいよだね。さあいってらっしゃい。
僕はミッキーに背中を押されて前にでた。
司会の男が、それではアカデミー賞を受賞しました。この方です。
ドナルド・フォントルロイ・ダック!
僕は割れんばかりの拍手の中、スポットライトに照らし出されながら、舞台の中央に歩いて行った。