僕は冬空の中、いつもと変わらない通学路を歩いていた。
道路脇の広葉樹の葉は大分前に落ちてしまい、その隙間から太陽が僕に暖かく注いでいた。
前を見ると、どこかで見た後ろ姿があった。どこかでと言うよりさっきまで同じ教室に座っていた同級生だ。
学校指定のコートを身につけて、マフラーを顔の下半分が見えないぐらいグルグルに巻いていた。
グルグルのマフラーの為か長い髪を後ろで縛っていた。肩に掛けている鞄には何かのキャラクターが付いていて揺れていた。
普段から話すこともなく、お互い同級生という感覚以外は特にはないだろう。
彼女は歩道橋を登って行き、そして反対側の歩道に移ろうとしていた。
僕も途中までは同じ道なので、後を付いていくように歩道橋の階段を登って行った。
微妙な距離感で後を歩いて行くのは、何だか気持ちの良いものではない。
先に歩いている彼女が降りる階段に差し掛かった時に、下から勢いよく駆け上ってくる人がいた。
視線の隅で何となく見ていたけれど、それは次第に不安に変わっていった。
このままだと、歩道橋の上でぶつかってしまう。でも彼女は単行本の様な本に夢中で気付く気配がなかった。
僕は最悪の状況を想像して走り出した。
ガン!!
目の前で彼女はぶつかり足元がふらつく。
危ない!!
彼女は手すりをつかもうと腕を伸ばしていた。
僕は必死に腕を伸ばした。
でも後少しというところで、手が届かない。彼女は歩道橋の一番上から転げ落ちて行った。
そして、下まで落ちろとピクリとも動かなくなった。
ピ!ピ!ピ!。ピ!ピ!ピ!。
僕は目覚ましの音で目が覚めた。
またあの夢だ。
ここ何回か同じ夢を見ていた。下に落ちていった彼女がどうなったか。夢の続きはいつも見れなかった。
その夢を見るようになってから、僕は学校で彼女の事が気になるようになっていた。
目の端で彼女。鮎河奈々を見ていた。
チラチラ見ているのを、鮎河の友達が気づいて僕の方を指差すと、友達同士で話をしていた。僕は慌てて外を見て誤魔化していた。
誰か僕の前に立つ気配がして顔を向けると、鮎河が立っていた。
「木本君なんか最近私の事を、チラ見しているみたいだけど。私になんか言いたい事でもあるの?」
まさか、夢のことが気になって鮎河の事を見ていたとは到底言えない。
「いや。なんでもない。気分を悪くしたなら謝るよ。」
ジト目で僕を見ていた鮎河だったけど、意味のないやりとりが嫌になったのかまた友達の所に戻ると、笑いながら話し始めた。
もう夢に出てくるのは、やめてくれと言いたかったけど。気持ち悪いと思われるだけと思ってその言葉を飲み込んでいた。
僕は万年帰宅部で授業が終わればすぐに帰る。でも、今日はお気に入りの漫画の単行本が発売日なので本屋に寄っていた。ある街が舞台の漫画だった。
特に人気の漫画ではなかったけれど、1軒目の本屋には売っていなかった。
さっき買っていった人で売り切れたらしい。少し遠くの本屋に行くと買うことができた。
鞄にしまうと急いで家に帰る。帰る途中ふと目の前を見ると鮎河が歩いていた。正直僕は嫌な感じがしていた。
昼の出来事もあったけど、ここは例の場所だった。
鮎河は歩道橋の階段を登っていく。僕は夢と同じように後ろを微妙な距離で歩いて行った。
反対側の方にたどり着こうとした時に、人が勢いよく駆け上がってくる。
同じだ。僕は一瞬躊躇ったけど駆け出していた。
そして、階段の上で鮎河はぶつかっていた。
僕は祈りながら腕を伸ばした。鮎河も腕を僕の方に伸ばす。スローモーションの様にゆっくりと時間が進む。
頼む届いてくれ!
僕は鮎河の腕を掴むと、力一杯引き寄せた。
僕と鮎河が入れ替わる様な形になる。その時目があった。鮎河は何故か哀しそうな目をしていた。
そこからは一瞬だった。僕は歩道橋を転げ落ちて行った。
下まで落ちると、朦朧とする意識の中、鮎河を見上げた。彼女は急いで階段を降りて来る。
どうやら無事の様だ。僕はそれだけを確認すると気を失った。
僕はさっき買った漫画を読んでいた。でもなんだかおかしい僕の知っている内容と全く違っていた。そして、僕は漫画の舞台の街を一人で歩いていた。
ヒロユキ。ヒロユキ。
僕を呼ぶ声がして目を覚ました。知らない天井が目に入る。そして、その隣には心配な表情を浮かべる両親の顔があった。
どうやら僕は病院に運ばれて眠っていた様だった。
「鮎河は?。」
僕の一声はに両親は驚いていた。
「お友達なら夜も遅いので、ご両親が迎えに来られたから帰っていただいたわ。ずっと泣いていてとても可愛そうだったわ。」
そうか。僕は疲れたとひとこと言うと、また眠りだした。
数日後、頭に包帯を巻いていたけれど深刻な症状もなかったので退院することができた。
学校に行くと、特に変わりもない空間があった。
鮎河とはその後。話すことをあえてしなかった。気まずいのは多分お互いだろうと思っていたから。
僕の包帯が取れる頃、僕たちは卒業式を迎えた。
形式的な式も終わり、色々なところで友達同士が笑いながら、涙をおさえながら話をしている。
僕は春から都会の学校に進学する。あの漫画の影響もあって憧れていたからだ。
もうみんなと顔を合わせることもないだろう。
門を出ると、鮎河が立っていた。
僕は特に声をかけることもなくそのまま歩いて行こうとすると。
「なんで私を助けたの。なんで私を助けることができたの?」
鮎河が問い詰めてきた。
「夢を見たんだ。」
「夢?」
「夢では君を助けることができなかった。それが理由だよ。」
僕の言う事をどう理解したかはわからないけど、鮎河を残して歩きだした。
新生活に慣れた頃。僕は休みの日に中央線に乗ってある街に向かっていた。
あの件依頼、実はある事が心に引っかかっていた。
病院のベットで見た夢だった。
いつも見ていた漫画なのに、ストーリーが全然違っていた。それを確かめるべく僕は単行本を持ってここに来た。
駅を出ると漫画の風景と一緒な事に改めて驚いていた。
そのまま、僕は微かな記憶を頼りに歩いて行く。
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そこには吉祥寺駅と書かれていた。
そのサインの下にロングのワンピースにカーディガンを着た女性が立っていた。
「鮎河」
鮎河は少しイライラしている様で、
「女性をこんなに待たせるなんて木本君ちょっと酷いんじゃない」
鮎河はちょっとムッとした表情だったけど、すぐに笑顔を見せた。そして真顔になると。
「私は信じていた。木本君が私を必ず助けてくれるって。夢で何回も落ちそうになる私を腕を掴んで引き戻してくれた。夢は木本君が下まで落ちで動かなくなるところでいつも覚めるの。だから木本君がどうなってしまうのかわからなかった。だから気になって私は気がつくと木本君を見ていた。正直現実になって何で私を助けてくれるのか驚いたけど。でも助けてくれるって心の中で信じていたから怖くなかった。」
「でもなんで、ここに。」
「あの日に見た夢で私はここに立っていた。何かわかるかも、もしかしたら木本君が来るかもしれないって思って待っていたの。」
「来るかどうかわからない僕を?」
「私も来るか悩んだわ。だだの夢だって。でも。」
「でも。」
「私が昨日見た夢は、明日のあなただった。」
「助けてくれてありがとう。お礼がまだだったからお茶でも行きましょうか。待ちくたびれてお腹ペコペコよー。」
「でも、僕。吉祥寺に来るのは初めてだから」
「なに言ってるの?」
彼女はカバンから本を出した。何回も読んだのか折り目がついていた。
その本は僕が今持っている、あの事故のあった日に買った単行本と同じ吉祥寺が舞台の『すれ違うふたり』だった。
「この漫画実際のお店がモデルで出てるんでしょ。ここのお店のパンケーキが食べたいから行きましょ。」
鮎河は歩きだした。
あの時病院で見た夢と同じ内容だった。
もう僕たちはすれ違わない。