日本版ウォルト 高橋政和

1960年俺は本土のディズニーから、日本に行ってくれないかと話があった。
日本にディズニーランドができるなんて、初めて知った。
俺はウォルトディズニーに拾われるまで、街に転がるただのネズミだった。
行けと言われれば行くしかない。
話を聞くと建設する土地はまだ埋め立てている最中だという。
それに経営人から話を聞いて驚いた。
キャラクター、マニュアルは提供すらるが、土地建物は日本側に用意させ、その他、チケット代の10%、食べ物の5%をロイヤリティーとして、徴収するという。
オリエンタルランドは多額の借金をし、その他親会社の京成電鉄や三井不動産からも反対しているという。
このままじゃオープンできない。
そんな時、ある日本人の名前を聞いた。
高橋政和。あいつは誰よりも熱く、そして
誰よりもひたむきだった。時々周りをハラハラさせながらもオープンにこぎつけた。

俺は急いで、ドナルドとグーフィーに日本行きの話をした。よーし。わかったー。早速準備しなきゃー。グーフィー。
グワ。グワワワワ。グワー。(よし、任しとけー。楽しみだなー。)ドナルド。
俺は舞浜に着いて驚いた。
パーク全体にこだわりがあり、妥協を許さない作りだった。
話を聞くと高橋政和社長が施設にお金を惜しむな。本物を作れ。と指示を徹底させてらしい。
すべてが本物だ。俺はこの先のことでワクワクしていた。
絶対成功すると確信した。
高橋政和社長の言葉がプレートになっている。

23年かけてディズニーランドは完成しました。
そこにある形は、高橋政和社長をはじめ、名前も知らない人たちの結晶なのです。

一部プロジェクトXから抜粋。