何もない今日が幸せということ。

おかげさまで今日でまた一つ歳を重ねる事ができました。

昔から今日という日は何もありませんでした。

子供の頃は特に誕生日を祝う家族でもなく、何もなかったように今日という日を過ごしてきました。

学校でも3月と言えば、もう春休みに入っているので、友達からもおめでとうと言われることありませんでした。

今のようにSNSが普及もしてませんので、メールだって来ません。

何かしてもらうようになったのは、上京してから親しい友人や、奥さんに言ってもらえるようになった時からです。

そう思えば人生の半分は、ちゃんと祝ってもらえている事に今更ながら気づかされます。

いつの頃から今日という日が何もなく過ぎてくれることにホッとしています。

大きな事件や事故。

大きな災害が起きなかったことに安堵します。

今日何もないことが、名も知らぬ人の幸せになっていて、自分の幸せになっていることが幸せに思います。