夏の夕暮れ。
部活も終わり、僕はいつもの帰り道を歩いていた。
自然が豊かと言えば聞こえはいいけど、木の電柱にメンテナンスのされていないひび割れた道路。見渡す限りの水田。歩いている脇は用水路になっている。田舎と言われても否定はできない。
水が心地よい音を立てて流れている。
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少し部活が遅くなってしまった。あんなに照らしていた太陽が今日の仕事を終えて、もう2時間もすると向こうに見える山に沈んで行くだろう。
急いで帰ろうと歩く速度を上げた。
ふと見ると行先に自転車とその傍にしゃがんでいる女子高校生が見えた。
この田舎に高校は一つしかないし。どう見てもさっきまで見てた制服だった。
しかも、その生徒は隣のクラスの日暮 瞳だった。
近づいていくにつれて状況が把握してくる。彼女は自転車のペダルを右回り、左回りとぐるぐる回している。
こういう場合ほとんどは自転車のチェーンが外れたのだろうと容易に想像がついた。
手が泥なのかな、チェーンの油なのかな黒く汚れていた。
僕が近づいていくと存在に気がついたのか、こちらの方を見て少し間があったけど、笑顔で話しかけてきた。
「ちょっと。助けてほしんだけど。」
「自転車のチェーンが外れたんだろ。」
「さすが本橋くん。話が早いわ。じゃお願い。」
なぜこんなに馴れ馴れしいかというと、幼馴染みというか腐れ縁のようなそんな存在だった。
僕はカバンからプラスのドライバーを取り出すと自転車のチェーンのカバーを開けた。
「え。なんでそんな物持ち歩いてるの。流石機械オタクの本橋くん。」
機械オタクにはクレームを言いたかったけど、無視して作業を進めた。
やっぱり見事に外れている。でもこのぐらいは僕にとっては大したことではなかった。
後輪の歯車にチェーンをはめ込んで、前のペダルの歯車に少しチェーンをかけて勢いよく回した。
ガチャ!チェーンが自分のあるべき位置に戻って後輪を勢いよく回している。僕はブレーキを握って後輪を止めた。
「サンキュー!本橋くん。あとお願いついでに家まで乗っけくれないかな〜」
「乗っけるって自転車の二人乗りは交通法の違反だよ。」
「なーに硬い事言ってんのよ。お巡りさんに会うことなんてないから。」
確かにこんな田舎。人とすれ違うのも少ないし、警察官に会う事はまずなかった。
日暮はカバンから汗拭きシートを出すと自身の手を拭きだした。アルコールの匂いと共に甘いフルーツの様な香りが漂って来た。
一通り拭き終わると、もう一枚シート出して僕の前に出して来た。僕の手も同じ様に汚れている。
「あー。ありがとう。」
僕は受け取ると手を拭いた。拭いたものをカバンにしまおうとすると日暮が、
「捨てておくわ」
僕から受け取るとカバンにしまっていた。しまい終わると自転車を指差して、それじゃお願い。
僕は渋々自転車に跨ると彼女は後ろの荷台の部分に座って僕に腕を回して来た。
一瞬ドキッとしたけれど、これからの道のりを考えるとため息しか出なかった。
「出発進行ー!!。」
彼女の掛け声と共に自転車を漕ぎ出した。急がないと暗くなってしまう。
急ぎ目で自転車を漕いでいると。
「本橋くん。ストップ!!。止めて止めて。」
日暮が声をかけて来たので自転車を止めた。彼女はぴょんと自転車から降りると歩き出した。その先にはこの街で唯一のコンビニがある。
コンビニと言っても規模はかなり小さかった。日暮がビニール袋を手に戻ってくる。
その袋を目の前のカゴに突っ込むとまた荷台に座って出発を言った。
僕はまた漕ぎ始めた。しばらく行くと分岐路がありそこで自転車を止めた。
この先。左が日暮の家で、右が僕の家の方向だった。
「サンキュー!お礼と言っちゃ何だけど。」
さっきのコンビニで買ったビニール袋から取り出して僕の前に出した。
それはタピオカミルクティーだった。
僕は日暮から受けとった。彼女は道脇のバス停のベンチを指差した。座って飲んで行こうと言う事だろう。
日暮が先に座って、僕も隣に座った。彼女はタピオカの容器に太いストローを刺すと飲み始めていた。
「あー美味しい。喉渇いていたんだよねー。飲まないの本橋くん。」
僕が飲み始めないので気にかけてきた様だったが、僕は今までタピオカは飲んだことがなかったので抵抗があった。
「ああ。ごめん。タピオカってなんか独特だよね。そもそもタピオカってなに?」
それを聞いた日暮は笑いながら少しむせていた。
「笑わせないでよ。本橋くん。こぼしちゃうじゃない。」
微笑んで僕を見ている。その笑顔に何だかドキドキする。
でも彼女は笑うのをやめて真顔に戻っていた。
「本橋くんは昔から私に優しいよね。何で?」
彼女からの質問に少し驚いた。そしてその答えを探していたけれど口から出た答えは。
「何となく」だった。
「何となくなの?」
彼女は僕の答えに少し不満がある様で表情を少し曇らせていた。
僕は言ってから何となく少し冷たい言い方だったと思って別の言い方をした。
「日暮が僕に優しくしてくれるからかな」
「私が本橋くんになぜ優しくするのかわかる?」
彼女の唐突な質問に僕は言葉を詰まらせた。そんなことを今まで考えた事はなかった。彼女の自分への行動と話す言葉。昔からの付き合いなのである意味麻痺していたかもしれない。彼女の僕への仕草を。
僕が彼女の方を向くと瞳を閉じていた。向こうの空は暗くなっていて星が瞬き出している。風が流れて彼女の髪を揺らしていた。
しばらくの沈黙が流れた。
彼女は瞳を開けると。
「ごめんね。変な事を聞いて。」
彼女は立ち上がるとそのまま自転車に乗った。
「今日は本当にありがとう。」
そう言うと自転車を漕ぎ出して走って行った。僕は自転車のライトが見えなくなるまでその後を見ていた。
家に帰ると、妹が僕の手にしているものを見て、
「お兄ちゃんにしては珍しいもの持ってるわね。」
妹が話しかけてきた。僕は妹の方に出した。妹は嬉しそうに受け取り飲み始めた。
自分の部屋に入ると、さっきまでの出来事を思い出していた。
そして、僕はもっとはっきりと彼女に本当の自分の気持ちを伝えるべきだったのか考えていた。
次の日。学校に行くと、自分のクラスはある話題で持ちきりだった。
日暮が学校で1番人気の男子生徒に告白されたと言う事だった。僕はその話を聞いて内心穏やかではなかった。やっぱり気持ちを伝えよう。
放課後まで時間が過ぎるのが長かった。僕は部活を休んで自転車置き場の近くで、日暮が来るのを待っていた。
夏の風が木々を揺らして、葉っぱたちが音をたてている。蝉の鳴く声が何故か焦りを掻き立たせる。
向こうから3人組がやってきた。その中に日暮がいた。3人は僕の存在に気付くと少し話して手を振って別れて行った。
日暮が僕の前に来ると。
「あら。運転手さん。今日も自転車で送ってくれるのかしら。」
僕はその質問に答えず、
「日暮に僕の気持ちを伝えようと思って待っていたんだ。」
彼女は無表情で僕を見ていた。
「もっと早く伝えるべきだったかもしれない。本当の僕の気持ちを。」
彼女は静かに次の言葉を待っているようだ。
「僕は日暮のことが好きだと言うこと」
「ごめんなさい。」
僕はその言葉を聞いて思った。これが失恋と言うものなのか。
気付くと彼女の瞳から涙が流れていた。
「ごめんなさい。私なんで泣いているのかしら。こんなに嬉しいのに。」
「‥‥。」
「私の方こそ、もっと早く伝えるべきだった。本橋くんの事を好きだと言う事を。」
「それじゃ。」
「そういう事じゃない。」
今日一日中、気持ちが落ち着かなかった僕は、昨日彼女に起きた事を知らなかった。
昨日の放課後に同じ自転車置き場で別の男子に告白された時。
「ごめんなさい。私他に好きな人がいるので。」
そして帰り道に自転車のチェーンが外れて困っていると、僕が現れて正直驚いたという事だった。
「私。本橋くんの優しさに意識し始めて惹かれて行ったのかも知れない」
その言葉を聞くと僕は。
「日暮は本当に優しい人だよ。
他人の為に辛い思いをしても、表に出さなし。
明日会うとまた優しくしてくれる。
僕も日暮のそんなところに惹かれたのかな。」
ふたりとも照れくさそうにしているのは、お互いが感じていたかも知れない。
「じゃ帰りましょうか。運転手さんよろしくね。」
学校の校門まで自転車を押して2人で歩いた。校門を出ると自転車に乗って走り出した。
彼女は昨日より僕の事を強く抱きしめているように感じた。
タピオカの味は知らないけど、日暮の気持ちを知れてよかった。そう思いながらべダルを強く踏んだ。