僕は知っている。
ご飯を食べて寝て起きるとその日が最期の日になることを。
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部屋に仕切られているこの空間は、僕と同じ飼い主がいなくなったものの、収容施設。
いなくなったのはまだいい方だ。
ほとんどの収容されているものは、捨てられたものばかり。
昨日までの生活が一転して地獄に落とされている。
そしてみんなある期間を過ぎると最期の日をむかえる。
そう僕の最期の日は明日。
僕はただの野良犬だった。
幸せな日なんて一日もなかった。
いつもの固形のご飯を食べると、眠るだけだ。
さっき目をとじたのに、目を開けるともう明るくなっていた。
最期の日はまわりがざわついていた。
人が何人か出入りして、最期の日に救われるものもいる。
可愛かったり、有名なもだけだ。
でも僕はただの野良。
僕はもう覚悟を決めていた。
一人の老人が部屋の前に来て、数回部屋を見渡すと、僕の方をゆびを指して隣にいる職員に話していた。
職員は少し驚いた表情をうかべ、老人に何か言っていた。
老人は首を横に振り、聞き入れるつもりはなさそうだった。
職員は諦めたのか、部屋にはいると僕を抱えて部屋の外にでた。
するとダンボール箱に僕は入れられて車に乗せられる。
車が止まると、僕はダンボール箱ごと建ても物の中に入り、温かい水で洗われ、少し痛かったけど注射もうたれた。
今度はダンボール箱ではなく綺麗なゲージに入れられて、また車は走り出した。
少し眠くなっていた。
自然と目が閉じ始める。
次に目を開けるとき、またコンクリートの床のさっきの部屋に戻っていないことを思い眠りについた。
次に目を開けると、部屋の中にいた。
整理整頓され無駄のない部屋だった。
目の前の安楽椅子にさっきの老人が座ってこっちを見ていた。
僕が立ち上がって少し歩くと、老人はうなずいてテレビを見てこっちを見なくなった。
その日からおじいさんと僕の不思議な生活が始まった。
僕よりおじいさんは早く起きていて、僕が眠る頃まで起きている。
夕方になると散歩に出かける。
その散歩は僕にとって不安そのものだった。
どうしても我慢できずに便をする。
後ろを見るのが怖い。
怒って僕を捨てないのか不安だった。
おじいさんは便を袋にしまうと、なぜか2回僕をなでてくれた。
それをしばらくしていると、僕の不安は少しずつなくなっていった。
桜が咲き、蝉が鳴き、紅葉て赤く染まり、氷が張る季節を何回か繰り返し、桜吹雪が舞う頃、その日は突然きた。
おじいさんが一人旅立っていった。
おじいさんには息子夫婦に小さな孫娘がいた。
眼鏡をかけたお兄さんが息子さんに何かを手渡していた。
それは遺言書だった。
息子さんはおじいさんに一緒に住もうと何度となく言っていたけれど、結局首を縦に振らなかった。
ならば犬でも飼ったらといい、ペットショップに行こうとしたら、自分で選ぶと言って、僕が来たらしい。
息子さんは正直もう少しいい犬を飼えばいいのにと言ったのだが、やっぱり首を縦に振らなかった。
いつもそう。頑固だった。
息子さんはおじいさんがひとりで育て上げていた。
そして、あまり関心がないような素振りだったので、息子さんも愛情を受けたような気がしていなかった。
遺言書にはこう書かれていた。
この子のために僅かだがお金を残しておく、自分が死んだとき続けて飼ってほしい。
そして最後にこう書かれていた。
この子はすぐ不安になる。
だからこの子が起きる前に起きていて、寝るまで起きててほしい。
そして、散歩の時は便をしたら頭を2回なでてやってほしい。
大丈夫。よくできたと誉めてやってほしい。
それを読み終えると息子さんはまわりを気にもせず、子供のように泣いていた。
オヤジはいつも俺が朝起きると、もう起きていて。眠るまで起きててくれた。
ある時おねしょをしたとき。怒られると思ってた。
でもその時、何も言わずに頭を2回なでてくれたんだ。
俺はオヤジからたくさんの愛情受けていたのに、気づかなかった。
せめてあと一日早く気づいていたら、感謝を直接伝えられたのに。
淋しく桜が僕の前をひらり舞い落ちていった。
その日から僕は息子さん夫婦の家族になった。
娘さんと一緒に散歩にもたくさん行った。
不安を感じるどころか、愛情しか感じなかった。
桜が咲き、蝉が鳴き、紅葉が赤く染まり、氷が張る季節を何回か繰り返しその日はやってきた。
娘さんは大きくなり大人になっていた。
そんな娘さんが僕を何回もなでてくれている。
僕はもうその愛情に返す仕草する力もなかった。
僕は幸せだった。心からそう思える。
また、おじいさんと散歩ができるかな。
僕のほっぺに娘さんの泪がひとつおちてきた。
僕はその泪を最期に感じて、目をゆっくりとじた。
あの時と同じ桜吹雪の舞う日だった。